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大阪地方裁判所 平成9年(行ウ)20号 判決

主文

一  原告の本件訴えのうち、平成七年三月一九日以前の支出命令に係る金二四五九万五四二一円及びこれに対する平成九年三月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める部分をいずれも却下する。

二  被告は、堺市に対し、金五六三万四一三五円及びこれに対する平成九年三月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを七分し、その六を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、堺市に対し、金三九五三万四二五八円及びこれに対する平成九年三月一八日から支払済みまで、年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、堺市の住民である原告が、勤務延長により定年が延長された職員に対する給与の支出が違法であるとして、右支出当時から堺市長の地位にある被告に対し、地方自治法二四二条の二第一項四号前段の規定に基づき、右支出相当額及びこれに対する遅延損害金を堺市に支払うよう求めた住民訴訟である。

一  前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実)

1  当事者

原告は、堺市の住民である。

被告は、本件で対象となる給与の支出が行われた平成七年四月当時から堺市長の職にある者である。

2  堺市における定年に関する条例等

(一) 地方公務員の定年制度は、地方公務員法の一部を改正する法律(昭和五六年法律第九二号)により設けられたが、堺市においては、右改正後の地方公務員法二八条の二第一項ないし第三項、二八条の三、二八条の四第一項、第二項の規定に基づき堺市職員の定年等に関する条例(昭和五九年条例第一九号、以下「堺市定年条例」という。乙一)を定め、職員の定年に関する制度を設けることとなった。

(二) 堺市定年条例三条は堺市職員の定年を年齢六〇年とし、同条例二条は職員は定年に達した日以後における最初の三月三一日(以下「定年退職日」という。)に退職する旨規定している。しかし、同条例附則三項は、平成六年度に限る経過措置として、地方公務員法五七条が適用される職員で、平成六年三月三一日現在、年齢六〇年以上六一年未満の者については定年を年齢六一年とし、年齢が六一年以上六二年未満の者については定年を年齢六二年とし、年齢が六二年以上六三年未満の者については定年を年齢六三年とする旨規定している。

(三) ところで、堺市定年条例四条一項は、職員を定年退職日の翌日以降も一年を超えない範囲内で引き続き勤務させる勤務延長の特例措置をとることができる場合として、次の三つの場合を定めている。

(1) 当該職務が高度の知識、技能又は経験を必要とするものであるため、その職員の退職により公務の運営に著しい支障が生ずるとき(同項一号)。

(2) 当該職務に係る勤務環境その他の勤務条件に特殊性があるため、その職員の退職による欠員を容易に補充することができないとき(同項二号)。

(3) 当該職務を担当する者の交替がその業務の遂行上重大な障害となる特別の事情があるため、その職員の退職により公務の運営に著しい支障が生ずるとき(同項三号)。

さらに、同条二項は、同条一項の規定により延長された期限が到来する場合において、前記(1)ないし(3)の事由(同条一項各号)が引き続き存すると認めるときは、市長の承認を得て、一年を超えない範囲内で期限を延長することができる旨定めている。

3  本件における職員の勤務延長

(一) 本件の対象となる定年が延長された職員は、α保育所所属用務員であったA(以下「本件職員A」という。)、β小学校所属給食調理員であったB(以下「本件職員B」という。)、γ小学校所属給食調理員であったC(以下「本件職員C」という。)、δ小学校所属給食調理員であったD(以下「本件職員D」という。)であるが、本件職員A、B、C及びDは、地方公務員法五七条に規定される「単純な労務に雇用される者」として、前記2の規定により、本件職員B、C及びDは年齢六一年、本件職員Aは年齢六三年がそれぞれ定年とされ、いずれもその定年退職日は平成七年三月三一日であった。

(二) しかるところ、次のとおり、本件職員A、B、C及びDについて、堺市定年条例四条一項に基づき、平成八年三月三一日まで引き続き勤務させる措置がとられ、さらに、本件職員Dについては、同条例同条二項に基づき平成八年四月一日以降も引き続き勤務させる措置がとられた(以下併せて「本件勤務延長」という。)。

(1) 平成七年度については、本件職員A及びCからは平成六年八月三一日、本件職員Bからは同年九月五日、本件職員Dからは同年九月二一日に各本人の同意を得た後、本件職員Aに関しては平成七年三月二八日に市長の決裁を、本件職員BないしDに関しては同年同月二二日付けで教育長の決裁を得て、いずれも同年同月三一日付けで辞令書が交付された(乙一六の2ないし7)。

(2) 平成八年度については、本件職員Dから平成七年八月二六日に本人の同意を得て、平成八年三月一九日に教育長の決裁、同年同月二六日に教育長の市長承認についての依頼書についての決裁を得、同年同月二九日に市長の勤務延長の期限の延長の承認の決裁を得て、同年同月三一日付けで辞令書が交付された(乙一六の8ないし12、14ないし17)。

4  本件財務会計上の行為

(一) 本件勤務延長の後、本件職員A、B及びCに対しては平成七年四月一日から平成八年三月三一日まで、本件職員Dに対しては平成七年四月一日から平成八年一二月一九日まで、それぞれ別表一(全一〇枚)記載のとおり、例月給料、調整手当、住居手当、月額特殊勤務手当、時間外勤務手当、通勤手当、期末勤勉手当及び差額支給が支出された(証人a、弁論の全趣旨)。なお、原告が本件で訴訟の対象とする財務会計上の行為は、別表一の各支出に係る支出命令(以下「本件各支出命令」という。)である。

(二) 堺市における給与等の財務会計上の行為の権限者

(1) 例月給料について

ア 支出負担行為

堺市は、例月給料については、任命権者による給料の発令決裁をもって支出負担行為としている(堺市職員の給与に関する条例(昭和二九年条例第六号、以下「堺市給与条例」という。乙二一)三条)。

本件職員Aについては、堺市給与条例三条により市長が任命権者であり、本件職員B、C及びDについては、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地方教育行政法」という。)一九条七項、二三条三号、三四条の各規定により堺市教育委員会であるが、同法二六条一項及び堺市教育委員会の権限に属する事務の一部を教育長に委任する規則(昭和三八年教育委員会規則第一五号、乙一四の3)二条五号イの規定により、堺市教育委員会の教育長に委任されていることから、教育長が任命権者である。

ただし、本件職員B、CおよびDについての支出負担行為は、教育委員会の予算の執行権が市長にあることから、教育長の給料の発令通知をもって市長の支出負担行為とみなしている(地方教育行政法二四条五号)。給料の発令は、本件職員A、B、C及びDについては平成七年ないし八年度中に昇級・昇格がなかったため、給料改定時ごとにその年度の四月一日にさかのぼって発令決裁が行われた(乙二〇の1ない4、弁論の全趣旨)。

イ 支出命令

そして、堺市においては、右の支出負担行為を受けて、給与の電算処理実施以降(昭和五四年一月以降)、庶務担当課長が支出命令を行っている。すなわち、庶務担当課長は、支出について命令書など必要な書類を作成のうえ、収入役室次長に送付して行うところ(堺市財務会計規則(昭和五七年規則第一五号、乙一七の4)五一条一項)、給与など支給日に一括処理する支出手続についてはこれとは別に手続を定めており(堺市財務会計規則五一条四項)、給与その他の給付のうち電算処理されたものについては、その出力された帳票またはテープをもって記帳することとされている(乙一七の2、3)。

この支出命令については、法令上本来的に市長の権限に属するところ、本件職員A、B、C及びDについては庶務担当課長が専決することとされている(堺市事務決裁規則(昭和三九年規則第九号、乙一九の1)一条、一二条、庶務担当課長共通専決事項三号、四号、一五条四号)。したがって、庶務担当課長は本件職員Aについては民生総務課長(平成七年当時は福祉総務課長)、本件職員B、C及びDについては教育委員会総務課長が専決によって行うこととなる(堺市事務分掌条例(昭和四七年条例第八号)一条、乙二五)。

(2) 調整手当について

ア 支出負担行為

調整手当額は、給料額が確定されることにより給料額の一〇〇分の一〇に自動的に確定するため、給料の発令をもって調整手当の支出負担行為としている(堺市給与条例三条、一六条の二)。

本件職員Aについては、市長の給料の発令通知をもって支出負担行為とし、本件職員B、C及びDについては、教育長の発令通知をもって教育委員会の予算執行権を持つ市長(地方教育行政法二四条五号)の支出負担行為としている。

右発令は、本件職員A、B、C及びDについて平成七年ないし八年度中に昇級・昇格がなかったため、給料改定時ごとにその年度の四月一日にさかのぼって発令決裁が行われた(乙二〇の1ない4、弁論の全趣旨)。

イ 支出命令

支出命令は(1)と同じである。

(3) その他の手当

ア 支出負担行為

住居手当及び通勤手当については、保育所職員については児童福祉管理課長の、その他の職員については庶務担当課長の手当額認定決裁をもって支出負担行為としており(堺市事務決裁規則一二条庶務担当課長共通専決事項一号、同条児童福祉管理課長専決事項一号)、各認定は、各職員から届け出があったときまたは手当額改訂時に行われる。

月額特殊勤務手当は、所属部課及び担当業務が確定されることにより自動的に額が確定するため、例年四月一日の部課長による所属職員の配属先及び担当業務の決定時点において、手当の予算執行担当課長である各庶務担当課長が行う月額特殊勤務手当額の電算データの作成決裁(異動時のみ作成)をもって支出負担行為としているため、例月に改めて支出負担行為を行っていない(弁論の全趣旨)。

時間外勤務手当は、各所属課長の命令に基づき実施された職員個々人の時間外勤務の実績を庶務担当課長が毎月末日に集計し時間外勤務手当支給データを作成することから、このデータ作成決裁をもって支出負担行為としている(堺市事務決裁規則一二条、各課長共通専決事項五号、庶務担当課長共通専決事項四号)。

期末勤勉手当は、基準日現在の給料額が確定されることにより条例の規定どおりその額が確定するため、給料額の発令をもって支出負担行為としている。したがって、本件職員Aについては市長の、本件職員B、C及びDについては教育長の給料の発令通知をもって市長の支出負担行為としている(堺市給与条例三条、二三条、二四条)。

イ 支出命令

支出命令についてはいずれの手当も(1)と同じである。

(4) 以上のとおり本件財務会計上の行為の権限者は別表一記載のとおりである。・5 監査請求

原告は、平成八年一二月一九日、本件各支出命令を含む財務会計上の行為につき、地方自治法二四二条に基づき監査請求を行い(以下「本件監査請求」という。)、同市監査委員は、平成九年二月一二日、原告の主張につき理由がないとする旨の通知を行った(甲一の1ないし4、二)。

二  争点及びこれに関する当事者の主張

1  本案前の主張(監査請求前置)

(一) 被告の主張

本件監査請求は、平成八年一二月一九日になされているが、本件訴訟で対象とされている各支出命令のうち、平成七年一二月一九日以前になされた支出命令に係る金二四五九万五四二一円については、監査請求期間を徒過しているものであり、右部分に係る本件訴えは不適法である。

(二) 原告の主張

(1) 給料等の支給のような継続的行為で、その支給の根拠となった条例が同一で、同一会計年度のものである場合は、毎月の支出を各独立の行為ととらえるのではなく、右一年間の給与等の支出を継続した一体的行為としてとらえ、その会計年度の終了時点を監査請求期間の起算点とすべきである。

本件では、堺市定年条例に基づく本件勤務延長は、一年を単位にされており、右勤務延長に基づく一年間の給与等の支給はいずれも右条例に基づくもので、同一の会計年度のものである。

したがって、平成七年度分の支給に関する監査請求の起算点は、平成八年三月三一日とすべきである。

(2) 仮に一年の監査請求期間を徒過しているとしても、原告には、地方自治法二四二条二項の「正当な理由」がある。

すなわち、堺市が、各職員の所属、職務内容、採用年月日、年齢、条例附則三項の経過措置適用の有無など監査請求に必要な事項を公表したのは、平成八年一〇月である。原告はそれまでこれらを知り得なかったのである。

2  本件における財務会計上の行為の違法性

(一) 原告の主張

(1) 本件勤務延長の違法性

本件勤務延長は、本件各支出命令に先行する原因行為といえるが、堺市定年条例四条の要件を満たさない違法なものである。

ア 堺市定年条例の当該規定は、地方公務員法二八条の三の規定に基づくものであり、国家公務員法八一条の三にも同旨の規定がある。

堺市定年条例の当該規定は、当該職務の特殊性、勤務条件の特殊性及び業務の継続性に着目して例外として勤務延長を定めたものであるが、勤務延長は、例えば、離島その他著しく不便な地に所在する病院、診療所等に勤務する医師や職員が退職することになる場合で後任の職員の補充が得られないとき、職員が継続的な業務、研究等に従事しており、それらの交替によりそれらの業務、研究等の遂行に著しい支障が生ずる場合等極めて例外的な場合に限って認められるにすぎない。

本件勤務延長については、仮に、被告主張の事実があったとしても、給食調理員と保育所用務担当員は堺市定年条例附則にいう「単純な業務に雇用されている者」であり、給食調理業務や保育所の用務はその勤務条件に特殊性があるわけではなく、欠員補充ができないわけでもない。また、勤務成績が良いこと、給食調理業務を熟知していること、リーダーシップを発揮してきたこと、清掃業務が丁寧なこと等はあくまでも一般的な事情であって、「当該職務を担当する者の交替が業務遂行上重大な障害となる特別の事情」に当たらないことはあまりにも明白である。

イ むしろ、堺市は平成元年度以降毎年数名ないし一〇数名の職員につき勤務延長を行ってきているが、いずれも勤務延長の結果勤続年数が二一年を超えた者は皆無であり、勤続年数が二〇年に達するとそれ以上の延長は全くなされておらず、本件も含めてこれまでになされた勤務延長は、その多くが退職共済年金の受給額を考慮して、専ら勤続二〇年の実績を創るためのものであったと強く推認される。

ウ 人員削減と市の業務継続の均衡を図る方策についていかなる方策を選択するかは一般論としては裁量の問題といえるが、裁量権の行使も勤務延長を選択するには堺市定年条例四条の要件を具備する必要があり、また、堺市の財政健全化という目的に即したものでなければならないところ、後記のとおり、勤務延長の場合と臨時職員、非常勤職員の活用とでは、労務の対価に大きな差がある。

(2) 原因行為の違法

本件各支出命令は、本件勤務延長を直接の原因とし、かつこれと不可分一体のものであり、本件勤務延長が堺市定年条例に違反することから、本件各支出命令もまた違法である。

仮に、本件職員B、C及びDについての本件勤務延長が堺市長とは独立した堺市教育委員会の機関によってなされたとしても、本件勤務延長には、著しく合理性を欠きそのために予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵があり、本件各支出命令は違法である。

なお、本件職員Dの勤務延長の期限の延長については、市長が堺市定年条例四条二項により、承認権者として承認を与えているのであるから、市長が教育長とともに先行する原因行為自体を行っていると解される

(二) 被告の主張

(1) 本件勤務延長の適法性

ア 本件職員A、B、C及びDの本件勤務延長については、堺市定年条例四条一項二号及び三号の規定に基づき定年退職の日(平成七年三月三一日)の翌日から起算して一年間、それぞれ当該職務に従事させたものであり、本件職員Dについては、同条二項の規定に基づきさらに一年間期限を延長し、その職員を当該職務に従事させたものである。

イ 本件職員B、C及びDについて

学校給食調理担当職員である本件職員B、C及びDは、いずれも勤務成績がよく、同一校での勤務年数が一番長いことから当該校の給食調理業務については熟知し、また、他の職員に対する指導力もあり職場においてリーダーシップを発揮してきており、さらに、各学校ごとに授業時間との関係で、日々、献立内容が異なる調理を決められた時間内に行う必要があることから、職員間の良好な人間関係に基づくチームワークが不可欠であるところ、当該職員は、その中心的役割を果たしてきたことから、当該職員を勤務延長しなければ、当該学校給食の運営に支障が生じることが予測された。

また、堺市定年条例四条一項各号の解釈、適用に関しては、当時の「堺市行財政見直しに関する基本方針」及び「堺市行財政見直し推進計画」を基本としつつ、職員数の適正化を図るに際し、公務の継続性、安定性の確保といった公務上の必要性を参酌し、合理的な運用が必要、可能であった。

すなわち、人員削減と市の円滑な業務継続の均衡を図る方策は、委託化の拡大、短期臨時職員や非常勤職員の活用あるいは堺市のように勤務延長により一時的に人員調整を行う等、種々の方策が考えられるが、どの方策を選択するかについては、まさに任命権者の裁量によるところであるが、堺市においては、財政健全化に向けて、学校給食調理員ら現業職員については、将来的に民間委託化する方向で見直しを検討しており、業務見直しを実施し、職員数の適正化を勧める上において、職員の新規採用を必要最小限に止めるとともに、非常勤職員、アルバイトの採用等の弾力的な人事管理を行ってきているところである。そして、個々の職務、職場の状況から、スムーズな業務の遂行を維持し、全市的な業務見直しの着実な実効性を上げるため、定年等により欠員が生じた場合、公務の継続性、安定性といった観点から、その全てを採用数の限られた新規採用職員、非常勤職員、アルバイトで対応することが業務の円滑な運営に支障を来すため、当然のことながら、経験豊富な職員による対応の必要性も生じ、年度ごとの配置人員数の調整を行うため、業務に慣れた退職予定者のうちから勤務成績優秀な職員の同意を得て、堺市定年条例四条を適用し、勤務延長したものである。なお、経費的観点から勤務期の短い者を優先して勤務延長した。

ところで、給食調理担当職員については、退職後の再任用により対応すべきであったとする考えもあり得るが、業務内容が高温で多湿な調理場において大量の糧食を調理・運搬するという肉体的負担の大きい職場であることから、再任用では熟練職員の確保が困難なために、勤務延長による対処を採ったものであるまた、非常勤職員によりこれに対処すべきであったとの見解については、非常勤職員の勤務時間、技術、経験の面からして正規職員の指示、監督の下に補助的業務を担当するのみであり、単純に正規職員に替えて非常勤職員を採用すべきであったということは失当である。

さらに、本件職員B、C及びD以外にベテラン職員がいたとしても、学校給食が大量に調理され、多数の児童に供されることからは、その調理に当たっては高度な注意義務が課せられ、できる限り熟練した職員が当たるべきであり、他に一名でも正規職員がいれば非常勤職員によっても十分であるとの主張は失当である。

このように給食調理担当職員については、勤務環境その他の勤務条件に特殊性が生じていることから、退職による欠員を容易に補充することができないと認められるものである。

ウ 本件職員Aについて

保育所用務担当職員である本件職員Aについては、勤務態度の良好さにおいてはトップであり、特に園芸の技術に優れ、花壇や植木の手入れにも真剣に取り組み、また、清掃業務も非常に丁寧で、市内保育所の中でも最高の環境を作り出す等、ほとんど一人で仕事をこなすとともに、その能力を備えていたことから、その仕事ぶりには所属長も全幅の信頼を寄せていたところであるが、平成二年度途中から平成六年度までの間、同僚となった男性職員の勤務態度が問題となり、用務担当一人体制の保育所に異動させ、自律して仕事をさせる措置が本人のためにも市のためにも必要であった。

また、保育所用務担当職員についても、堺市行財政見直しに関する基本方針を受けて、事業の外部委託、職員の配置基準や勤務体制の見直しなど多角的に取り組む中で、配置基準を大規模保育所一五か所のみ二名とし、それ以外を一名配置としたが、大規模保育所の場合、施設の構造、備品の保管場所、保管方法など実際の業務に必要な引継ぎがうまくされないおそれを配慮して、二名同時に配置転換しないこととしていたが、本件職員Aの相方の職員を自立させるため、一名配置の保育所に異動させることとしたため、本件職員Aを定年退職させると右の扱いに反し業務に支障を及ぼすとして勤務延長したものである。

(2) 原因行為の違法

ア 本件職員B、C及びDの任命権者は、教育長である。したがって、被告としては、堺市教育委員会(教育長)の任命する発令については、これに伴う給与等の支払につきその予算の裏付けがある以上は、これを阻止しあるいは無視することができないのであって、右命令や発令が不存在であるか、又はこれに重大かつ明白な瑕疵があって、職員が現にその等級号俸にある者ということができないにも関わらず、右等級号俸にある者として給料の支出決定をするといった、当該支出決定自体が違法となるような場合でない限り、職員に対してそのものの等級号俸に応じた給料、手当を支払わなければならないものである。

イ 前記(1)のとおり、堺市においては、財政健全化に向けて取り組んでいたが、人員削減と市の円滑な業務継続の均衡を図る方策は、民間委託化の拡大、短期臨時職員や非常勤職員の活用あるいは勤務延長により一時的に人員調整を行う等、種々の方策が考えられるが、どの方策を選択するかについては、まさに任命権者の裁量によるところである。

堺市においては、学校給食調理員ら現業職員については、将来的に民間委託化する方向で見直しを検討しており、基本的には退職職員について補充をせず人員の削減を図っていた中、退職予定者全員をそのまま退職させることにより公務の運営に著しい支障が生じると認められる十分な理由があると判断し、日々の業務の継続に支障の出ないよう、年度ごとの配置人員数の調整を行うため、業務に慣れた退職予定者のうちから勤務成績優秀な職員の同意を得て、堺市定年条例四条を適用し、勤務延長したものである。

したがって、右判断の適、不適の問題は生じても、例えば、地方公務員法二八条の三所定の条例を定めずに定年特例措置を実施した場合、あるいは同条項規定の年数を超えて勤務延長させた場合のように、重大かつ明白な瑕疵があり当然無効とされるもの、あるいはそもそも不存在と評価されるようなものではなかった。

3  被告の責任

(一) 原告の主張

被告は、指揮監督上の義務に違反し、故意または過失によって、庶務担当課長が行った違法行為たる支出命令を阻止しなかったものである。

すなわち、本件職員A、B、C及びDに対する本件勤務延長が、堺市定年条例四条一項二号、三号のいずれにも該当しないもので、明らかに違法であり、その違法は重大かつ明白である。

とりわけ、堺市は、かねてから厳しい財政経済環境にあり、そのため「堺市行財政見直しに関する基本方針」を定め、この方針の下に職員の定数管理の適正化を重要な目標として掲げ、「人件費は行政コストの中で大きなウエイトを占めるところから職員数には一定の限界があり、その増加を抑制するための方策が必要である」とし、このため「常勤であることを要しない分野も少なくないので、これらを見直しの上、アルバイト、パートタイマーの活用を図ることも重要な課題である」との方針を明確に示している。

さらに、平成七年七月に策定された「堺市行財政見直し推進計画」でも「適正な定員管理のいっそうの推進」を掲げ、このために「臨時職員の活用」の方針を打ち出している。

これらの方針は、いうまでもなく被告によって策定され、いわば公約として表明されてきたものであるから、被告は右施策の方針を知悉しているところである。

右のように、本件勤務延長は、堺市定年条例に明らかに反し違法であるばかりか、被告自らが表明している方針に全く逆行するものであり、被告は、堺市長として、補助職員が右違法行為に基づく支出命令を行うことを阻止する指揮監督上の義務を負っている。

しかるに被告は、自ら出した前記方針を知り又は過失によりこれを知らずに、右義務に違反して、本件特例措置につき担当課長が前記支出命令を出すことを阻止しなかったものである。

(二) 被告の主張

被告あるいは教育長が本件特勤務延長を行ったことは、業務の見直し等行財政の効率化に努めてきたなかで、職員数の適正化を図るに際し、公務の継続性、安定性の確保といった公務遂行上の必要性を参酌し、条例の合理的運用が不可欠との考えが前提にあったものであり、同判断に過失はない。

4  損害

(一) 原告の主張

堺市が被った損害は、本件の支出命令に係る支出金額全額であるが、仮に本件職員A、B、C及びDに支出した給与等全額を損害とみることができないとしても、「勤務延長」の場合と「臨時職員・非常勤職員の活用」とでは、被告のいう「労務の対価」に大きな差があり、その差が損害というべきである。

別紙Ⅰに示すとおり、保育所用務員である本件職員Aにつき、違法に勤務延長したことによる損害は金八二七万九七二三円である。

別紙Ⅱに示すとおり、給食調理員である本件職員B、C及びDにつき、違法に勤務延長したことによる損害は金三一四五万九七三七円である。

二  被告の主張

本件職員らは、条例等に基づき勤務時間当該職務に専念してきたものであるから、労務提供と賃金とが対価関係をなしているとの前提にたつ限り、公金の支出は、堺市に対し損害を生じさせているとは評価できない。

また、本件職員A、B、C及びDが担った業務を円滑に遂行するためには、勤務延長措置以外のいかなる方策を用いようとも、委託業者なり、新規採用者なり、非常勤職員なりに当該勤務延長職員が担当したものと同等の労務を提供させなければならず、その労務の対価としての委託料、賃金もまた同様に必要であるのは明白な事実である。

常勤職員と非常勤とでは、その勤務形態、勤務内容が異なり、その「労務の対価」にも大きな差異が生じるのは当然のことである。例えば、給食調理員についてみると、常勤職員では、週五日(八時から一六時三〇分)勤務であり、給食調理の準備から後かたづけまで、一日の給食調理業務全行程を担当し、全行程のうち、回転釜担当職員を決め、当該釜当番がその日の調理業務の中心的役割を果たしているのに対し、非常勤職員では隔日(週二・五日、八時三〇分から一五時)勤務であり、右釜当番業務に当たることもなく、常勤職員の指導、監督の下に調理業務に従事しているものであり、また一般的に経験年数が少ないことから、補助的業務を担当する場合が多い。

第三当裁判所の判断

一  本案前の判断

被告は、平成七年一二月一九日以前になされた支出命令については、本件監査請求は、監査請求期間を徒過した後にされた違法があると主張するのでこの点につき判断する。

1  監査請求期間徒過の有無

地方自治法二四二条二項は、監査請求は、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過したときは、これをすることができない旨規定している。

ここにいう当該行為とは、同条一項に列挙されている事項であるが、同項がまず、財務会計上の行為を行う主体として長、委員会、委員又は職員を列挙した後で、財務会計上の行為として契約の締結、公金の支出、財産の取得等を列挙していること、そして、通常は各個別の財務会計上の行為についてそれぞれ独立してその違法性、不当性を問題とし得ること、さらに、法は地方公共団体の機関又は職員の行為をいつまでも争い得る状態にしておくことが法的安定性の観点から妥当ではないので監査請求期間を一年と限定して法的な安定性を確保したと解されることからすると、監査請求期間も個々の財務会計行為ごとに判断すべきである。

しかしながら、各別の財務会計上の行為が観念できる場合であっても、それぞれが相互に密接に関連し不可分一体となり、全体としてみなければその違法性あるいは不当性を判断することができないような特段の事情がある場合には、これを一体としてとらえ、最終的な財務会計上の行為が行われた日をもって当該行為の終わった日と解すべきである。

これを本件についてみると、本件各支出命令は、本件勤務延長を前提とするものではあるが、それぞれ個別の根拠に基づき発せられ、それぞれ個別の財務会計法規がこれを規律しているものであり、これを一体としてとらえるべき特段の事情は認められないというべきである。

したがって、平成七年一二月一九日以前になされた支出命令については監査請求期間を徒過したものであるというべきである。

2  正当な理由の有無

原告は、堺市が、各職員の所属、職務内容、採用年月日、年齢、条例附則三項の経過措置適用の有無など監査請求に必要な事項を公表したのは、平成八年一〇月であり、原告はそれまでこれらを知り得なかったのであるから地方自治法二四二条二項にいう正当な理由があると主張する。

しかし、右正当な理由がある場合に監査請求期間の例外を設けた法の趣旨は、法的安定性を考慮したとても、当該行為が普通地方公共団体の住民に隠れて秘密裏にされ、一年を経過してから初めて明らかになった場合等に原則を貫くことが相当でないというところにあると解されるが、本件においては、各支出命令がことさら秘匿隠蔽されたといった事情、あるいは、その違法性をことさら隠蔽したといった事情は認められないのであるから、監査請求期間を徒過したことに正当な理由を認めることはできない。

3  したがって、平成七年一二月一九日以前に行われた別表一A1ないし11、同B1ないし11、同C1ないし11、同D1ないし11の各支出命令に係る訴えは、いずれも適法な監査請求を経ていないものであり、右合計金額金二四五九万五四二一円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める部分は、不適法として却下を免れないものである。

二  本案についての判断

以下、前記一で判断したとおり適法な監査請求を経た別表一A12ないし16、同B12ないし16、同C12ないし16、同D12ないし26の支出命令について判断する。

1  前記第一、一の事実、証拠(甲三の2ないし9、五、八、乙一八の1ないし3、二六、証人a)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 堺市では、昭和六〇年八月五日に堺市長を本部長として堺市行財政見直し推進本部が設置され、市財政をとりまく状況が一層厳しくなるとの想定のもとに、民間企業における経営努力を参考として、社会、経済情勢に適応して、最小の経費で最大の効果を上げることにより一層努め、財政構造硬直化の現状からの脱却が今後の行政執行の前提として不可欠であり、価値観の多様化、社会の複雑化の中で新しい行政需要に対応し得る柔軟性、機敏性とともに、情勢変化によって適合しなくなった古いものを廃止していく機能が大切であり、各種施策を総合的に調整していくシステムが必要であるとの基本的視点にたち、昭和六一年九月に「堺市行財政見直しに関する基本方針」(乙一八の2)を策定した。さらに、平成七年七月には、堺市をとりまく財政経済環境が依然として厳しいとの認識の下、右基本方針の趣旨に基づき具体的な改善施策を内容とする「堺市行財政見直し推進計画」(乙一八の3)を策定した。右推進計画では、定員管理の適正化については、事務・事業を見直すとともに、民間委託等を推進し職員数の抑制を図るとされ、人事管理については、臨時職員等の活用を図るとされ、事務・事業の見直しについては、保育所に関し多様化する保育ニーズに対応するため、保育内容、保育所職員の配置基準等保育所のあり方について検討するとし、学校給食業務に関し職員配置の見直しを行うとされた。

(二) 学校給食事業については、児童減少の状況も考慮し、順次民間委託に移行していくという方針が決定された。しかし、民間委託化については職員団体の反対も強く、民間委託に移行するまでは、退職者に対し新規採用による補充は行わず、逐次、学校給食調理担当職員数を減少させていくこととし、最低限必要な人員配置数に対し、常勤職員数が不足することとなった場合に、退職者を一年ごとに勤務延長し、更に補助的な職務を非常勤職員により補うこととした。

給食調理担当職員の配置数は、給食調理数一九五食当たり一名配置し、かつ、一校で最低三名配置するとの基準によっていた。平成七年度については、堺市においてその必要人員配置数は三五八名となったが、これに対し、平成六年度末までの退職等で一九名の人員が不足することとなった。そこで、本件職員B、C及びDに勤務延長を行い、かつ、残り一六名分につき三二名の非常勤職員を採用し対処した。

同じく平成八年度は、その必要人員配置数は三五八名となったが、これに対し、平成七年度末までの退職で三三名の人員が不足することとなった。そこで、やむを得ず五名を新規採用し、他部局から三名の配置転換を受け、本件職員Dの勤務延長の期限の延長を行い、かつ、残り二四名分につき四八名の非常勤職員を採用し対処した。

β小学校、γ小学校及びδ小学校の平成七年度及び平成八年度の給食調理担当職員の配置状況、各職員の勤続期間及び当該校における在職期間は別表二のとおりである。

(三) 保育所用務担当については、配置基準は全三六保育所中、大規模保育所一五か所のみ二名配置としそれ以外の保育所を一名配置としていたが、平成八年四月一日からは、全保育所において一名配置とすることとなった。

平成八年度からの移行を円滑に行うため、新規採用を抑制し人員削減を行いつつ、新しい配置基準の実施まで一年期限の延長勤務と短期臨時職員の採用で対応することとした。

本件職員Aが所属していたα保育所は二名配置であったが、本件職員Aの同僚が、平成六年から勤務態度に問題が出たため、平成七年四月の定期人事異動時に一名体制の保育所に異動させることとなり、本件職員Aが退職すると、二名とも同保育所での勤務が初めてとなることから、本件職員Aにつき勤務延長を行うこととした。

2  本件勤務延長の違法性

(一) 定年制は、職員の新陳代謝を計画的に行うことにより組織の活力を維持し、もって公務の維持増進を図ることと、所定の年齢まで職員の勤務の継続を保障し、安んじて公務に専念させるところにその目的がある。

ところで、勤務延長は、公務の必要性から認められた制度であり、堺市定年条例四条の文言が任命権者が要件を「認めるとき」勤務延長することができると規定していることからすると、その要件の有無の判断につき任命権者に一定の裁量を認めていることは明らかである。しかしながら、同条例の文言、右条例の根拠となる地方公務員法二八条の三が「その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは」任命権者が条例の定めるところにより勤務延長させることができると規定していること、定年制が前記目的からうかがわれるように個々の職員の事情いかんに関わらず画一的な退職年齢を定め、それによって計画的な人事管理を行おうとするものであることからすると、任命権者に認められる右裁量も厳格に覊束されたものと解される。

右の要件を認めるに当たっては、被告主張のとおり地方公共団体の財政状態、人員配置を考慮することができるのは明らかであるが、右考慮はあくまでも前記のように覊束された範囲内で許容されるものである。

(二) 本件においては、職務の継続性の観点からは、本件各職員を勤務延長することが適当であるが、本件各職員の職務内容は、一定の経験、技術を要するものではあっても、その修得が極めて困難なものとは認められず、また、不足した人員については、現に非常勤職員あるいは臨時職員を採用して対応していたのであり、その他配置転換等で調整することも困難なものとは認められないのであるから、堺市定年条例四条一項二号が定める「当該職務に係る勤務環境その他の勤務条件に特殊性があるため、その職員の退職による欠員を容易に補充することができないとき」、あるいは、同項三号が定める「当該職務を担当する者の交替がその業務の遂行上重大な障害となる特別の事情があるため、その職員の退職により公務の運営に著しい支障が生ずるとき」との事実を認めることは困難というべきであり、その事実があると認めた任命権者の裁量権の行使は違法である。

被告は、この点種々主張するが、いずれも右条例が要求する必要性を充たすものとは認められない。

3  原因行為の違法について

(一) 原告は、本件各支出命令が本件勤務延長を直接の原因としこれと不可分一体であるから、本件勤務延長が違法である以上、本件各支出命令も違法であると主張するが、当該職員の財務会計上の行為をとらえて地方自治法二四二条の二第一項四号の規定に基づく損害賠償責任を問うことができるのは、たといこれに先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても、右原因行為を前提としてされた当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られると解するのが相当である(最高裁判所平成四年一二月一五日第三小法廷判決、民集四六巻九号二七五三頁)。

(二) そこで、本件支出命令について検討すると、前記のとおり、本件勤務延長は堺市定年条例四条の要件を充たさない違法なものであると解されるが、本件職員B、C及びDの本件勤務延長が教育長により行われたことから、各支出命令が右(一)の観点から財務会計法規上の義務に違反し違法となるか否かが問題となる。

(1) 地方教育行政法は、教育委員会の設置、学校その他の教育機関の職員の身分取扱その他地方公共団体における地方教育行政の組織及び運営の基本を定めるものであり(同法一条)、教育委員会の権限について同法二三条は、教育委員会が、学校その他の教育機関の設置、管理及び廃止、教育財産の管理、教育委員会及び学校その他の教育機関の職員の任免その他の人事などを含む、地方公共団体が処理する教育に関する事務の主要なものを管理、執行する広範な権限を有するものと定めている。もっとも、同法は、地方公共団体が処理する事務の全てを教育委員会の権限事項とはせず、同法二四条において地方公共団体の長の権限に属する事務をも定めているが、その内容を、大学及び私立学校に関する事務(一、二号)を除いては、教育財産の取得及び処分(三号)、教育委員会の所掌に係る事項に関する契約の締結(四号)並びに教育委員会の所掌に係る事項に関する予算の執行(五号)という、いずれも財務会計上の事務のみにとどめている。すなわち、同法は、地方公共団体の区域内における教育行政については、原則として、これを、地方公共団体の長から独立した機関である教育委員会の固有の権限とすることにより、教育の政治的中立と教育行政の安定の確保を図るとともに、他面、教育行政の運営のために必要な、財産の所得、処分、契約の締結その他の財務会計上の事務に限っては、これを地方公共団体の長の権限とすることにより、教育行政の財政的側面を地方公共団体の一般財政の一環と位置付け、地方公共団体の財政全般の総合的運営の中で、教育行政の財政的基盤の確立を期することとしたものと解される。

右のような教育委員会と地方公共団体の長の権限の配分関係にかんがみると、教育委員会がした学校その他の教育機関の職員の任免その他の人事に関する処分については、地方公共団体の長は、右処分が著しく合理性を欠きそのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵の存する場合でない限り、右処分を尊重しその内容に応じた財務会計上の措置を採るべき義務があり、これを拒むことは許されないと解するのが相当である。

なぜなら、地方公共団体の長は、関係規定に基づき予算執行の適正を確保すべき責任を地方公共団体に対して負担するものであるが、反面、同法に基づく独立した機関としての教育委員会の有する固有の権限内容にまで介入し得るものでなく、このことから、地方公共団体の長の有する予算の執行機関としての職務権限には、自ずから制約が存するからである(前掲最高裁判所平成四年一二月一五日第三小法廷判決)。

(2) これを本件についてみると、本件職員B、C及びDの平成七年度の本件勤務延長については、前記のとおり、堺市定年条例四条の要件を欠くものであるが、前記二1(二)で認定した当時の堺市における定員配置の状況及び本件職員B、CおよびDがそれぞれの学校において当時最も在職期間が長かった者であることからすると、その職員の勤務延長が著しく合理性を欠きそのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存するものとまでは解し得ず、庶務担当課長としては、教育長が行った本件特例措置に基づく任命処分を前提として、これに伴う所要の財務会計上の行為を措置をとるべき義務があったというべきであり、庶務担当課長のした本件支出命令が、その職務上課された財務会計法規上の義務に違反してされた違法なものということはできないというべきである。

(三) ところで、本件職員Dについては、平成八年度にさらに勤務延長期限の延長が行われているが、これについては右(二)と別個の考慮が必要である。

すなわち、堺市定年条例四条二項は、勤務延長の期限の延長については、市長の承認を要する旨の規定をおいているが、これは、地方教育行政法により定められた地方公共団体の長と教育委員会の権限の配分につき、そもそも勤務延長の特例措置が特例であって慎重な運用が期待されるところ、その期限の延長がさらにその特例と位置付けられていることから、この段階に至っては、市長の財務に関する権限を重視し、市長に期限の延長を承認するか否か判断をする権限を与えたものと解するのが相当である。この場合には、堺市定年条例上、市長には承認するか否かの権限があるのであるから、本来的な支出命令の権限に基づき、その適否を審査する義務も課されているというべきである。そして、本件職員Dについての勤務延長期限の延長は、前記のとおり違法であることから、予算執行権限を有する市長としては、期限の延長を承認せず、または、各支出命令の段階においてもこれを是正すべき財務会計法規上の行為規範が課されているというべきであり、そして、市長から右予算執行権限を専決させられた職員に対しても、本来の権限者である市長と同様の行為規範が課されているというべきである。

したがって、右行為規範に反して、何らの是正措置を採らなかった庶務担当課長の支出命令は財務会計法規に反して違法なものであると解される。

(四) 次に、本件職員Aについて庶務担当課長の支出命令の違法性を検討すると、前記のように本件勤務延長が違法であることから、予算執行権限を有する市長としては、そもそも勤務の延長をせず、または、各支出命令の段階においてもこれを是正すべき財務会計法規上の行為規範が課されているというべきであり、市長から右予算執行権限を専決させられた職員としても、長と同様の行為規範が課されているというべきである。

したがって、右行為規範に反して、何らの是正措置を採らなかった庶務担当課長の支出命令は財務会計法規に反して違法なものであると解される。

4  被告の責任、

(一) 前記第二、二4(二)認定のとおり、本件各支出命令は、庶務担当課長の専決により行われているので、さらに被告の責任の有無が問題となる。被告は、地方自治法上、支出命令を行う権限を法令上本来的に有する者であるが(地方自治法二三二条の四第一項)、専決規則等事務処理上の明確な定により、その権限に属する一定の範囲の財務会計上の行為をあらかじめ特定の補助職員に専決させることとしている場合であっても、地方自治法上右財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている以上、地方自治法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」に該当し、右専決を任された補助職員が市長の権限に属する当該財務会計上の行為を専決により処理した場合は、市長は、右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限り、普通地方公共団体に対し、右補助職員がした財務会計上の違法行為により当該普通地方公共団体が被った損害につき賠償責任を負うものと解するのが相当である(最高裁判所平成三年一二月二〇日、民集四五巻九号一四五五頁)。

(二) これを本件についてみると、本件職員Dの平成八年度の勤務延長の期限の延長に当たっては、被告自らがこれを承認していること、本件職員Aについては、自らが堺市定年条例に基づき勤務延長していること、さらには、堺市において策定された「堺市行財政見直しに関する基本方針」(乙一八の2)では、行政需要の増加と人件費の抑制の観点から職員の定数管理の適正化が重要な目標として掲げられ、職員数の増加を抑制し、非常勤職員等の活用の方針が明確にされ、被告自身が市長の地位にある時点で策定された「堺市行財政見直し推進計画」(乙一八の3)においても適正な定員管理の一層の推進が掲げられ、人事管理の面では臨時職員活用の方針を打ち出していることからすると、市長である被告には、右市の方針に反するような支出命令については、これを是正するよう求めるなどの指揮監督上の義務が認められるというべきところ、被告が右是正の措置を採ったことを認めることはできないのであるから、被告は、少なくとも過失によって、右指揮監督上の義務に反し、担当庶務課長が前記3(三)及び(四)で違法なものと認定した担当庶務課長の本件各支出命令を阻止しなかったものとして、その責任を負うというべきである。

5  損害額

(一) 被告がその責任を負うべき違法な支出命令による支出は、本件職員Aに係る別表一A12ないし16の支出命令による合計金一七九万二五九四円及び本件職員Dに係る別表一D17ないし26の支出命令による合計金六〇九万九七〇七円である。

しかしながら、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく住民訴訟において住民が代位行使する損害賠償請求権は、民法その他の私法上の損害賠償請求権と異なるところはないのであるから、損害の有無、その額については、損益相殺が問題になる場合はこれを行った上で確定すべきものであり、したがって、財務会計上の行為による普通地方公共団体に損害が生じたとしても、他方、右行為の結果、その地方公共団体が利益を得、あるいは支出を免れることによって利得をしている場合、損益相殺の可否については、両者の間に相当因果関係があると認められる限りは、これを行うことができるというべきである(最高裁判所平成六年一二月二〇日第三小法廷判決、民集四八巻八号一六七六頁)。

(二) これを本件についてみると、本件職員Aは、用務員の定員が二名であるα保育所においてその定員二名中の一名として現実に稼働していたのであるから、本件職員Aを勤務延長しない場合には、他の者を当てる必要があったというべきである。また、本件職員Dも、給食調理員の定員が三名であるδ小学校において、その定員三名中の一名として現実に稼働していたのであるから、本件職Dを勤務延長しない場合には、他の者を当てる必要があったというべきである。

したがって、前記堺市の損害と、他の者を当てた場合に必要とされる対価の支払を免れたことにより堺市が得た利得との間には相当因果関係があるというべきであるから、両者は損益相殺の対象となるものというべきである。

(三) そこで、次に、右相当因果関係がある金額について検討する。

(1) まず、本件職員Aの別表一A12ないし16の支出について検討する。

右支出は平成八年一月ないし三月分の本件職員Aの労働の対価として支出されたものを主とするものであるところ(なお、A12の支出は平成七年四月ないし一二月分の差額分である。)、堺市においては、平成六年度末の用務担当の欠員補充に伴い短期臨時職員を三か所の保育所でそれぞれ一名ずつ雇用したが、右三か所の保育所の短期臨時職員に対する賃金は、平成八年一月支給分が合計三二万六一四〇円で一人当たりの平均が金一〇万八七一三円、同年二月支給分が合計二八万三三九〇円で一人当たりの平均が金九万四四六三円、同年三月支給分が合計三三万七二二〇円で一人当たりの平均が金一一万二四〇六円であることが認められる(甲四)。

すると、少なくとも右一月ないし三月支給分の一人当たりの平均額の合計金三一万五五八二円相当額については、堺市が支出を免れたことにつき前記相当因果関係があると認められる。仮に、本件職員Aが経験豊富な職員であるとして、その要求される職務内容に特段に特殊なものは無いのであるから、短期臨時職員よりも高額の対価を払うべき者を当該職務に充てるべき必要性を認めるに足る証拠はなく、前記金額を超えて相当因果関係があると認めることはできない。

したがって、被告が負担する額は、本件職員Aに関する損害金一七九万二五九四円から右金三一万五五八二円を控除した金一四七万七〇一二円である。

次に、本件職員Dの別表一D17ないし26の支出について検討する。

右支出は主として平成八年四月一日から同年一二月一日までの本件職員Dの労働の対価であるが、堺市においては、正規職員が欠員となった場合は、非常勤職員を配置しているのであるから、対応する期間非常勤職員を配置した場合の費用が前記相当因果関係を有するものというべきである。この点、被告は、本件職員Dが経験豊富な職員であることを主張し、さらに非常勤職員が行う業務は正規職員の補助的な業務であると認められるが(乙二六、証人a)、非常勤職員が正規職員の業務を代行し得ないとまでは認められず、非常勤職員に対するよりも高額の対価を支払うべき者を当該職務に充てるべき必要性は認められず、前記非常勤職員に支給する金額を超えて相当因果関係があると認めることはできない。

以下、具体的に金額を検討するに、非常勤職員は基本的に稼働時間に比例した報酬を受けるが(乙二四)、まず、正規職員は勤務時間が八時から一四時半(休憩四五分を含む。)であることから、平成八年四月一日から一二月一日までの正規職員の勤務時間を算定すると、右期間に対応する労働時間は一三〇二時間となる(七時間四五分×一六八日(祝日に該当する日を除いた月曜日ないし金曜日の日数。平成八年四月が二一日、同年五月が二一日、同年六月が二〇日、同年七月が二三日、同年八月が二二日、同年九月が一九日、同年一〇月が二二日、同年一一月が二〇日の合計一六八日。なお、十二月一日は日曜日である。))。

次に平成八年度における非常勤学校給食担当調理員の時間当たりの報酬を算定すると、平成八年度の非常勤学校給食担当調理員の延べ勤務時間数が二万八二三〇時間であり、支給報酬総額が四二一三万八九〇〇円であることから、一時間あたりの平均報酬額は一四九二円となる(乙二三)。

そして、正規職員の代わりに臨時職員を当てた場合の賃金の支払額は、金一九四万二五八四円となる(一三〇二時間×一四九二円)。

したがって、被告が負担する額は、本件職員Dに関する損害金六〇九万九七〇七円から右金一九四万二五八四円を控除した金四一五万七一二三円であると認められる。

(3) 結局、被告が負担すべき損害額は、本件職員Aにつき金一四七万七〇一二円、本件職員Dにつき金四一五万七一二三円の合計金五六三万四一三五円である。

第四結論

以上のとおり、原告の本件訴えのうち、平成七年一二月一九日以前の支出命令に係る金二四五九万五四二一円及びこれに対する平成九年三月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める部分は不適法であるから却下し、被告に対し、金五六三万四一三五円の支払及びこれに対する平成九年三月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める請求は理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三浦潤 裁判官 林俊之)

裁判官 栗原三緒は転補につき署名押印することができない。 裁判長裁判官 三浦潤

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